スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

天下統一Ⅱ 浅井家編

こんばんは、おでんです


明日から仕事だと思うと泣きたいです
冬休み初日にタイムスリップしたいw


さてゲームばかりやってる、おでんらしく
ゲーム日記でも書きます


ゲームは天下統一Ⅱ
シナリオは「群雄の跫音」

このシナリオは天下統一WebPageに投稿された
Mitsuru氏の作品です

この天下統一WebPage自体すばらしいHPですが
ここに投稿されてるシナリオは天下統一フリークには
たまらんものがあります
今回の「群雄の跫音」も毎回プレーするたびに微妙に展開が変わる
すばらしいシナリオになってます


それでは開始したいと思います


1565年 夏

当家(浅井家)の状況は
石高15万石 兵力8500と
豪族としてはかなり有力な勢力

UO(090107-224344-01).jpg

目指すは宿敵である織田家を打ち滅ぼし
近畿の覇者になること

ただし織田家とは現在、同盟中の上
現時点では
有力豪族とは言えまだまだ織田家と戦える戦力ではない

織田家 石高41万石 兵力1万4千
信長は尾張国内を統一し美濃にまで勢力を伸ばし
羽柴秀吉などの優秀な家臣団に加え
なんといっても15000を超える財力は脅威

1565s2.jpg


まずは北近江の国内統一を目指す
その後、近内の諸国をできる限り信長より
多く吸収し西は毛利家、東は武田家あるいは北条家か上杉家あたりと
同盟を結び信長包囲網を作った上で決戦といきたい




1565年夏~1566年冬


国内統一の為、朽木氏と一向一揆連合軍との戦争にあけくれる
1565年冬 今浜城へと侵攻してきた
朽木一向一揆連合軍の主力を打ち滅ぼす

浅井家 6千6百 VS 朽木一向一揆連合軍 4千9百

1565w.jpg
この戦の勝利によって国内で浅井家へとの抵抗勢力を一掃し
1566年 冬 までに国内統一を果たす



1566w.jpg
石高25万石 兵力5千4百

城攻めの際に強襲を多用した為、多少兵力自体は
減ったがスピード的には
信長もまだ美濃において齋藤氏との抗争中の状態であり悪くない。

当家としては織田家を先回りして
近内を少しでも平定しておきたい
次の目標としては南近江の肥沃な土地を手に入れたいが
まだ家臣団の数、財力からいっても六角氏を
追い詰めるのは難しいと考え

商業都市として非常に魅力的で、めぼしい勢力も居ない
山城を目標とする
1566w2.jpg
ただ山城の入り口である比叡山は中々の堅城で
いまの兵力では城攻めに時間も掛かる上に多分、財力が途中で欠乏すると
思われる為
1566w3.jpg
若狭6万石を手に入れ収入を安定させて兵力を増強してから
進攻する事に決めた。
幸い若狭に大名は存在せず堅城もすくなく(そもそも2城だけしかないが・・・)
抵抗勢力も近江から逃げ込んだ一向勢力の生き残りと弱小豪族のみ

時節の農民兵が動員できる1567年の秋まで
待機し、収入を得てから一気に若狭を平定する予定でいた







きたー


1567s.jpg
一向一揆イベント

これが発生すると、起きた国に駐屯していた兵力にダメージは受けるは
石高は下がるは

あげくの果てには運が悪いと城を奪われ、新しい一向勢力が誕生します


1567s2.jpg
しかも兵力6000って・・・
ダメージ受けた浅井家の兵力が4千8百になってるし
他国進攻どころではない><


結局この一向勢力を打ち滅ぼすのに丸1年を費やし
再度、若狭進攻を試みる頃には兵力は4千を切り
北近江は石高18万石まで荒廃


それでも次の秋に収入と農民兵の動員ができるようになったら
と考えていたいたものの
1569w.jpg

まずは凶作



そしてさらに
1569w1.jpg
一向一揆


止めとばかりにその冬は
1569w3.jpg
飢饉


浅井家にとって1568年は悪い意味で忘れられぬ年となりました
翌年1569年 春には再度、一向一揆を平定するも


宿敵、織田家はその間に
1569s1.jpg
美濃齋藤氏を滅ぼし、伊勢に進攻中
石高も82万石 兵力2万4千と遠い存在になってるし

このままじゃ浅井家の未来は織田家の従属大名まっしぐら(*´・д・)



ちなみに
1569o.jpg
ゲーム当初より織田家に同盟を破棄されないように
毎年、秋には欠かさず贈り物をしておりました・・・


みとけ信長

いつかは織田包囲網の盟主となって

織田家を打ち滅ぼしてみせん




結局、若狭の小浜城を陥落させたのが1571年 夏
1571s.jpg
石高も31万石 兵力も6千まで回復し
若狭の豪族であるこの2将を手に入れたいな~など考えていたが
結局、栗屋は浅井家との戦で討ち死に浅井家の家中に屈したのは
猪武者の武藤友益のみ

それでも北近江での一向一揆との戦いで
阿閉貞征 赤尾清綱 海北綱親の3人の重臣を失っていた
浅井家にとっては今後の貴重な戦力となるのは間違いないだろう




若狭を平定し再度、山城に目を向けたのが
1572年 秋
1572o.jpg

たぶん今から山城に進攻したところで浅井家が比叡山を落す前に
織田家が南近江六角氏を打ち滅ぼし比叡山以外の山城をも手中に
する方が早いだろう、最悪比叡山すら織田家に横取りされるかもしれない
この時点での織田家の進攻スピードは尋常ではない



次なる作戦は


一時、近内平定は諦め、三好氏と石山本願寺が近内で織田家に
抵抗してる間に、当家は丹後より西国に進攻し肥沃な播磨の土地と
優秀な備前の宇喜田家辺りを
家臣に加えて織田家に対抗する事に変更


1573年 秋
1573o.jpg
兵力を8千2百まで増強
若干、財政が心許ないが若狭を平定したおかげと
多少、兵農分離が浅井家でも進んだため
なんとか1年中、総動員を使っても赤字にはならない状態

1574年 秋
丹後へ進攻成功
後は頼みの三好と本願寺の状況だが

1574o.jpg
石山本願寺 兵力2万越え +おまけの荒木村重 に石山城の堅城


1574o2.jpg
三好家 62万石 兵力2万2千


1574o3.jpg
織田家 186万石 兵力4万7千


たぶん無理だけど がんばってね


そんな中、全力で丹後進攻を続けるが
丹後を半分平定した頃





なんと






盟友 朝倉家 裏切り



そして石山城に於いて本願寺が織田家にあっけなく大敗
石山城を奪われる

1576 s



そもそも三好と本願寺同士が戦争をはじめやがって
話にならん(*´・д・)


とにかく浅井家としては朝倉家が北近江に進攻する前に
丹後を平定し朝倉家を迎え撃つ準備をしなくばいけない。


それに良く考えれば朝倉家が有する
越前は最大石高が69万石もあり浅井家にとって
越前を手に入れれば国力が倍増する上に北陸への
道が開かれ、北陸は強兵が多く石高も高く
大兵力を動員でき織田家にも対抗できると言うもの


また天佑か朝倉家が同盟を放棄すると同時に
越前で一向一揆が発生し堅城北の庄が一向宗の手により陥落
これにより丹後平定を急いで全力で朝倉家にあたれるはず

1575s.jpg
朝倉家は兵力こそ2万ちかくあるが
見るべきは鉄砲が0である

当家も兵力は9千弱ではあるが
丹後を平定し北近江にて大動員を行えば
1万3千ぐらいは動員できる上に
鉄砲の自国生産が始まった北近江では
毎季節250丁もの鉄砲を生産可能である



実際、朝倉家との決戦前には丹後を平定し
兵力も1万3千まで増強し鉄砲も800丁配備するが


迎えた朝倉家との緒戦

1577年 夏





1577s.jpg


大雨 _| ̄|○ガックシ

鉄砲が機能せず敗北


その後も諦めず、2年間に渡り
北近江と越前を舞台に激しく朝倉家と争うが

1579s.jpg
この長浜の合戦に於いて

当主 浅井長政が壮絶な討ち死


この時点で浅井家に抵抗する力も気力も失せ
その後、織田家に従属し滅亡へ・・・


15年弱のプレーでしたが
打倒 織田家を志すも成就ならず
もう一度、浅井家で試みてみようかと
思いましたが折角なので次回は
同じシナリオで別の大名で織田家打倒を
試みてみようと思います

ちなみに以前にやった同じシナリオの浅井家では
今回とは逆で織田家が序盤から尾張、伊勢の一向一揆に
足止めをくらい、北近江、若狭、山城、大和、河内、泉、紀伊を平定した
浅井家で織田家に勝利しております。

次回は何処でやろうか考え中でございますが
できれば史実で織田家に滅亡させられた大名で行こうと
考えています

斉藤家、六角家はちょっと厳しいので
浅井家より国力のある朝倉家か
織田家から離れている十河三好家
甲斐の虎 武田家なんか行けそうですね
大穴で波多野家とかも楽しそうです


でわおやすみなさい〆




















スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

おでん

Author:おでん
自閉症気味の販売営業まん

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。